2004年に一般市民による除細動が解禁されて以来、日本ではAEDの設置台数は急速に増えていきました。それに伴い市民による除細動実施件数も増えていきましたが、まだ十分なレベルには達していません。AEDの設置台数が増えた今、何が課題として残っているのでしょうか?
AEDの普及に関する現状の課題についてまとめてみました。
AEDの設置台数では世界有数
AEDの販売台数は購入者別に「消防機関向け」「医療機関向け」「PAD(一般市民向け)」の3つに分けることができます。「PAD」とは「public access defibrillator」の略で公共施設などにある一般市民が使用できるAEDのことです。
そのPADの国内販売台数は2006年ごろから増え始め、2016年までの累計販売台数は約69万台にものぼります。このうち、約10万台が廃棄されていると把握されており、残りの約59万台が2016年現在で国内に設置されているPADの台数だと推計されています。
約59台という設置台数は、世界でもアメリカに次いで2番目の規模だと言われています。AEDの設置台数だけで見れば、日本はすでにAED先進国だといえるでしょう。
AED使用率はまだ低いまま
日本でのAED設置台数の増加は劇的なものですが、実際の成果はまだ十分なものであるとは言えません。
消防庁の発表によれば、2016年に救急搬送された心原性心肺停止傷病者のうち、一般市民に目撃されたのは25,569人でした。「心原性」とは「心臓で起こった障害を原因とする」という意味で、心臓以外を原因とする心肺停止と区別されて使用されます。このうち一般市民により除細動されたのは1,204件でした。これを割合で見ると4.7%となり、一般市民が目撃したうちの4.7%しか除細動が行われていないことになります。
もちろん、この除細動率4.7%というのは数年前に比べると改善された数値で、10年前の平成19年(2007年)の約3倍、除細動件数1,204件は10年前の約4倍になっています。
しかし、目撃されたうち4.7%、つまり20人に1人しか除細動が行われていないというのは十分なレベルではありません。
なぜAED使用率は低いのか
下のグラフは一般市民による心肺蘇生実施件数を表しています。ここでいう「心配蘇生」とは胸骨圧迫、人工呼吸、除細動のいずれかが行われた場合を指します。
グラフからは目撃さえれたうち約半数で心配蘇生が実施されていることがわかります。このうち除細動が行われたのは、先ほどの4.7%という数字です。残りの約45%は胸骨圧迫か人工呼吸のみの「心配蘇生」だったということになります。
「心配蘇生」の実施率約50%と比べても、除細動率4.7%という数字は際立っています。残りの約45%では何が原因でAEDを使用できなかったのでしょうか?
その理由としては以下のようなことが考えられます。
- 救助者にAEDについての知識がなかった
- AEDの設置場所が遠い、あるいはAEDが配備されていない
- 発見が遅くて除細動の適用にならなかった
これらについて以下で詳しく見ていきましょう。
救助者にAEDについての知識がない
救助する人にAEDの知識がない、というのは十分ありえる事態です。
AEDが一般市民に認知されるようになったのはこの10年ほどのことです。心配蘇生について特に関心を持たなければ、AEDについて知りえる機会がないというのが、まだ実情です。
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たとえば10年前に心肺蘇生法を習って、その後一度も最新の心肺蘇生法について知る機会がなかった人は、人工呼吸と心臓マッサージのみの心配蘇生法しか知らない、という可能性も大いにあり得ます。
AEDについての知識がなければ、当然ですが、AEDによる除細動も行えません。
これについては引き続き、心肺蘇生法の講習を中心としたAEDの啓蒙活動を行なっていくしかありません。地道にAEDを用いた心肺蘇生法を行える人を1人でも多く増やしていくことです。
AEDの設置場所が遠い、あるいはAEDが配備されていない
AEDについての知識を持っていても、AEDが手元になければ、除細動を行うことはできません。実は、日本国内のAEDの設置に関して、課題として認識されているのがこの「AEDの戦略的配置」についてなのです。
前述にようにAEDの設置台数に関しては、日本は世界的に見ても十分なレベルにあります。問題なのは、それら多数のAEDが適切に配置されているかです。
これに関しては、日本循環器学会AED検討委員会が日本心臓財団と共同で、「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」を発表しています。また、この提言をベースとして、救急医療財団から「AEDの適正配置に関するガイドライン」が発表されています。
この提言では、「5年に1件程度心停止が発生している場所にはAEDの設置を進めるべき」「複数台のAED設置では、片道1分以内の間隔が望ましい」など、AEDの設置が勧められる施設や施設内での設置場所について具体的な推奨がなされています。
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逆に言えば、ここで提言されるいることを考慮して、設置されているAEDはまだ多くないということです。この提言をベースにした「AEDの適正配置に関するガイドライン」は2013年に厚生労働省から各都道府県知事宛に通知されています。
家庭でのAED設置には効果があるのか
AEDの戦略的な配置について、見過ごすことができないのが家庭でAEDを設置すべきかどうかという点です。心停止の約70%が自宅で起こっているためです。
単純に考えれば、家庭でのAED設置が進めば、心停止に陥った大部分の人が救命できるようになりそうです。しかし「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」では、自宅へのAED設置の有効性には否定的な研究があると述べられています。
その研究では心筋梗塞を経験した人を対象として、自宅にAEDを設置した場合と、そうでない場合とで比較されています。追跡調査の結果、両者の死亡率には差が認められませんでした。
自宅にAEDを設置しても効果が出ない理由としては以下のような理由が考えられます。
- 心停止の原因が不整脈以外
- 外出先で心停止に陥る
- (外出、睡眠、入浴などで)発生しても同居人に目撃されない
- 同居人がAEDを適切に使用できない
自宅での救命は「家族に心停止が目撃されるかどうか」にかかっていますが、それは思いの外難しいようです。
ただし、人口密度の高い集合住宅ではAEDの設置が有効という研究もあるので、大規模なアパートやマンションへの設置は効果がある可能性が「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」では指摘されています。
発見が遅くて除細動の適用にならなかった
「除細動の適用になる」とは「除細動によって回復する見込みがあると判断できる」ということです。AEDが心電図解析した結果、「除細動の必要がない(除細動の適用にならない)」と判断されることがありますが、これは「除細動を行なっても回復する見込みはない」という判断です。
「除細動の適用にならない」と判断される場合には次の2つが考えられます。
- 心室細動・無脈性心室頻拍以外の心停止
- 心臓が完全に止まっている状態(心静止)
心室細動は心臓が細かく震えるために血液を送り出せない状態のことで、AEDの電気ショックによって強制的に動きをリセットさせて正常な拍動(心臓のポンプのような動き)に回復させることができます。無脈性心室頻拍は拍動のテンポが速いために血液を送り出せない状態のことで、これもAEDの電気ショックで回復できます。
心停止のほとんどは心室細動だと言われていますが、中には心室細動・無脈性心室頻拍以外の不整脈もあり、それらには残念ながら除細動は効果を発揮しません。しかし、このような場合は除細動が必要な場合よりもはるかに少ないので、AED自体の課題として捉えなくてもよいでしょう。
一方、除細動が適用になる心室細動・無脈性心室頻拍の場合でも、何も対処せずに放っておくといずれ完全に止まってしまいます。血液が巡らないということは心臓にも酸素や栄養が届かないということなので、心臓自体が力尽きてしまうのです。
除細動で回復可能なのは、まがりなりにも心臓が動いているからです。電気ショックは完全に止まっている心臓を動かすことはできません。除細動で回復可能な心停止でも、発見が遅ければ回復する見込みは低下してしまいます。
「発見が遅い」という問題についても、AED普及上の直接的な課題として考えるのは難しいものがあります。心室細動自体を予防することやAEDの戦略的な配置を推進することで、間接的に対処していくのが妥当でしょう。
まとめ
AEDの設置台数が爆発的に増えたにもかかわらず、未だAEDの使用率は4.7%である現状をみてきました。具体的な課題としては以下の2つに集約されると思います。
- 救命講習を中心とした心肺蘇生法のさらなる啓蒙・普及
- AEDの戦略的配置
前者については、民間でのこれまでの活動を継続していくことが対策となるでしょう。学校での取り組みも進んでいるので、この点は期待できます。
後者については、闇雲に設置するのではなく、「設置についても効果を考える」という方向転換が必要です。この点が改善されれば、より多くの人が心臓突然死から救われることになります。AED設置の際には、ぜひ「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」などのガイドラインを参照して見てください。