現在のところ、AEDの設置を義務づける法令は国の法律にはなく、一部の自治体が条例で定めている状態です。
しかし、今後、設置を義務づける条例が増えていく可能性はあります。
今の所、自治体の条例自体には罰則規定はありませんが、条例を無視して設置しないことにリスクがないわけではありません。
以下では、AED設置に関する法令とそれに関するリスクについてまとめてみました。
AED設置を義務づけてる法令
今のところ、国の法律レベルではAEDの設置を義務づけているものはありません。
ただし、自治体が定める条例によっては、AEDの設置を義務づけていたり、努力義務を課しているところがあります。
現在、AED設置に関する条例を制定しているのは下記の自治体です。
- 横浜市
- 茨城県
- 千葉県
横浜市のAED設置に関する条例
横浜市では平成20年に条例が施行され、スポーツ施設などにAEDなどの応急手当に必要な資材の設置が義務づけられました。
横浜市が定めるAEDなどの設置が必要な施設
<下記で階数11以上・延べ面積1万平方m以上、または、階数5以上・延ベ面積2万平方m以上に該当するもの>
- 劇場、映画館、演芸場又は観覧場
- 公会堂又は集会場
- キャバレー、カフェ
- 遊技場
- インターネットカフェ等
- 料亭、割烹
- 飲食店 ・百貨店、マーケットその他の物品販売業を営む店舗又は展示場
- 旅館、ホテル、宿泊所その他これらに類するもの
- 病院、診療所又は助産所
- 老人福祉施設、有料老人ホーム、介護老人保健施設等
- 幼稚園又は特別支援学校
- 蒸気浴場、熱気浴場
- 特定複合用途防火対象物
<その他>
- 地下街(延べ面積1千平方m以上)
- 車両の停車場(バスターミナル除く)
- 床面積が1千平方m以上の屋内プール、スポーツクラブ又はフィットネスクラブその他
- 上記2点に該当する部分を含むもの
また、条例では整備の義務だけではなく、「応急手当を行うことができる体制を整備すること」も努力義務とされています。
努力義務とは
努力義務とは、法制上「〜するよう努めなければならない」という文言で規定され、違反しても刑事罰等の法的制裁を受けない義務のこと。
茨城県のAED設置に関する条例
茨城県では県施設へのAED設置を義務づけた条例が平成25年から施行されています。
「茨城県AED等の普及促進に関する条例」の概要
<県の義務>
- 下記基準の県施設へのAED設置
- AED設置施設での設置場所・使用方法の表示義務
<学校の義務>
- 公立学校の新任教諭に対する救命講習の実施義務
- 公立中学・高校生徒への心肺蘇生法実習の実施義務
<事業者の努力義務>
- 従業員にAED・心肺蘇生法に関する知識、技術を習得させる努力義務
- AEDを設置する努力義務
- AEDの設置場所・使用方法を表示する努力義務
<AED設置が義務づけられた県施設>
- 多くの県民の利用が見込まれる中心的な庁舎等
- 県民が運動、宿泊等を目的として利用する施設であり、管理者が常駐する施設等
- 県立学校等
- 保健福祉医療施設等
- 県立病院等
この条例では、AED設置の義務が課せられているのは県の施設のみで、事業者に対しては努力義務に留まっています。
千葉県のAED設置に関する条例
千葉県では平成29年4月施行の条例で、県有施設へのAED設置、事業者のAED設置などの努力義務、万が一救命者が訴訟された場合の費用貸付などが定めらています。
千葉県AEDの使用及び心肺蘇生法の実施の促進に関する条例/千葉県
「千葉県AEDの使用及び心肺蘇生法の実施の促進に関する条例」の概要
<県の義務>
- 県有施設へのAED設置
<事業者の努力義務>
- 従業員にAED使用法・心肺蘇生法を習得させる
- AEDの設置
- AED設置場所の表示
- AEDの維持管理
<救助実施者への訴訟対策>
- 万が一、心肺蘇生を実施した救助者が訴訟された場合、救助実施者に訴訟に関する費用を貸付などで援助する
千葉県の条例も設置義務が課しているのは県施設に対してのみで、事業者へは努力義務にとどまっています。
特徴的なのは、救助を実施した人が万が一訴えられた時には、県が救助実施者に訴訟に関係する費用を援助できるという点です。
条例の文言が「当該訴訟に要する費用の貸付けその他の援助」となっているので、「貸付けでは最終的には救助実施者が負担しなければいけないのか?」という批判があるようですが、別の条項に、条件を満たせば貸付金の返還猶予や返還免除ができると記載されているので、実際にはこちらが適用されると考えられます。
東京都でも、同じような趣旨で救助実施者を援助するバイスタンダー保険が設けられています。
条例によって遺族から訴訟されるリスク
茨城県・千葉県の条例では、民間の事業者に対してはAED設置は努力義務にとどまっているので、設置していなくても罰せられることはありません。また横浜市の条例では民間でもAED設置義務が課せられていますが、こちらも罰則などは規定されていません。
しかし、条例自体による罰則は課せられなくても、遺族による訴訟で条例が判断材料とされる可能性はあります。
例えばAEDを設置していない施設内で誰かが心臓突然死でなくなった場合、条例で事業者に努力義務でもAEDの設置が定められていれば、「事業者はAEDを設置すべきであったのにそれを怠っていた」と判断される可能性があります。
実際に介護老人保健施設で誤嚥により死亡した入居者の遺族が施設側に損害賠償を求めた訴訟で、施設側のAED設置義務が問われる事例がありました(横浜地裁平成22年8月26日判決)。
判決では施設側の過失は認められないと損害賠償の請求は棄却されていますが、下記の記事で仮に介護施設にAEDの設置が条例などで義務付けられていた場合、施設側の過失の根拠となる可能性が指摘されています。
もし同様の事例が条約が制定されている現在の横浜市内で起これば、条例によってAED設置義務が課されている施設では、施設側の過失と判断される可能性があります。
AED設置に関する条例は増えていく?
今後、他の都道府県、市町村でもAED設置を促す条例が制定される可能性はあります。
日本では年間約7万人が心臓突然死で亡くなっています。こうした現状への認識が広まり、AEDの設置台数自体は世界有数の規模まで伸びていますが、AEDの使用率は4%代と低いままです。
参考記事現状におけるAED普及の課題。なぜAED使用率は4%なのか?
「法令での縛りが少ないので、使用率が低いのでは?」という認識が広まれば、具体的なアクションとしてAED設置に関する条例を設ける自治体が増えてきてもおかしくありません。
その場合、民間に対しては横浜市のように義務ではなく、茨城県や千葉県のように努力義務になる可能性のほうが高いでしょう。
努力義務であれば、その条例自体によって罰則を受けることはありませんが、前述のように民事訴訟で過失があるという判断の根拠となる可能性は十分にあります。
AED設置を検討した方がいい施設
自治体での条例制定を見据えて、設置義務が課せられる可能性がある施設ではAED設置を検討したほうがいいでしょう。
どんな施設が対象になるかは、横浜市の条例が参考になります。
特に保育所や学校、老人介護施設などは、万が一、子供や高齢者が心臓突然死で亡くなった場合、遺族から損害賠償を求めれる可能性があります。子供や高齢者には危険予知能力や危険回避能力がないと見なされ、代わりに施設側がそれを担う義務があるとみなされるからです。
参考記事保育所・幼稚園にAEDは必要なのか?訴訟リスク、マニュアル作成の必要性など。
補助金を利用してリスクに備える
AED設置の最大のネックになるのが、やはり費用です。
しかし、AED導入に関しては多くの自治体や団体が補助金や助成金を設けています。費用面がネックになってる場合には、こうした補助金を積極的に利用していきましょう。
今後、自治体でAED設置に関する条例が制定されれば、その自治体が民間でのAED設置を援助するために補助制度を設ける可能性は高まります。
自治体に助成金がない場合には、こちらから補助金を設けるように働きかけることも重要です。
多くの自治体では自治総合センターの助成(宝くじの収益による助成)でAEDを導入しています。財政が厳しい自治体ではこの制度を積極的に利用して欲しいところです。
補助金については下記の記事を参考にしてください。