全国的にAEDの配置が進む中で、AEDの導入を検討する保育所や幼稚園も多くなってきています。一方で、乳幼児の心停止発生頻度は低いので保育所や幼稚園へのAED導入の必要性は低いという意見もあります。
確かに単純に発生頻度で見ればそうなのですが、保育所や幼稚園には他の施設にはない潜在的なリスクもあります。
それらのリスクを考慮して、保育所・幼稚園にAEDは必要なかどうかをまとめてみました。
保育所・幼稚園にAEDは必要ない?
AED設置のガイドラインの1つである「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」では、保育所や幼稚園へのAED導入は積極的には推奨されていません。
幼児における心停止の頻度は非常に低く、幼稚園などでのAED効果に対するエビデンスは明らかではない。したがって現時点では幼稚園、保育園へのAED設置を積極的に推奨するものではない。
日本循環器学会AED検討委員会・日本心臓財団
「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」
確かに幼児の心停止発生件数は成人と比べるとかなり少なくなります。下図は年代別の心停止発生件数です。
しかし、いくら少ないと言ってもゼロではありません。内閣府の統計では2016年(平成28年)に保育所や幼稚園などで起こった死亡事故は13件、負傷事故(治療に30日以上を要するケガや病気)は862件でした。死亡事故に関しては2004年(平成16年)から、毎年11〜19件発生しています。
死亡事故十数件というのは確かに少数ですが、毎年確実に発生しているので、自分たちには絶対に起こらないとは言い切れません。ましてや負傷事故はその数十倍発生しています。保育所・幼稚園といえども、しっかりと安全対策をとる必要があります。
保育所・幼稚園に特有のリスク
また、保育所・幼稚園には、心停止や他の傷病に関して、他の施設にはない特殊な事情、リスクが存在します。
1. 保育所・幼稚園には保護責任が生じる
例えば、誰かが何らかの施設内で心停止を起こして亡くなったとしても、その施設の関係者の責任が問われることは通常ありません。
しかし、保育所や幼稚園はそうではありません。というのも園児たちには危険予知能力や危険回避能力がないと法的に判断されているからです。保育所や幼稚園で起こった事故には訴訟にまで発展する事例が多くありますが、その中では基本的に裁判所は「園児には危険予知能力も危険回避能力もないので、保育所や幼稚園は園児に代わって危険を予測し、園児を保護する注意義務がある」という判断を下しています。
全く突発的に園児が心停止になった場合でも、適切に対処しなければ保育所や幼稚園の責任が問われる可能性があるのです。
2. 保護者への対応・説明の義務がある
園児たちには不慮の事故や病気に対する当事者能力がありません。前述のように法的にもそう見なされています。そうすると保育所や幼稚園には起こった事件について保護者に説明する必要と義務が生じてきます。
保護者は「どうしてそうなったのか?」「防ぐことはできなかったのか?」「実際にどのように対処したのか?」という説明を求めてきます。その際に、ちゃんとした説明や応対ができるかどうかは、事前に準備ができているかどうかにかかっています。
つまり保育所や幼稚園は、不慮の事故について、その予防や対応に加えて保護者への対応についても、あらかじめ考慮しておかなければいけないのです。
当然、そうした事前の準備もない場合には、保護者が納得してくれるような対応ができず、事後の説明も消極的になり、結果として保護者の不信を招くことになります。
3. 訴訟されるリスクがある
園児に対する保護責任があること、保護者への説明責任があること。これらの認識が疎かであると、不慮の事故とそれに続く保護者の不満をまねくことになり、最終的には保護者から訴訟される可能性があります。
また、明らかに注意義務や保護義務の怠慢が見られた場合には刑事告訴される可能性もあります。保護者から民事的に訴訟されなくても、警察から犯罪を犯したとみなされる場合があるのです。実際に園児のプールでの溺死で、幼稚園の園長と担任が業務上過失致死で警察に書類送検された事例があります。
平成23年7月11日に神奈川県内の幼稚園で発生したプール事故/消費者庁
訴訟されれば、損害賠償が請求される可能性に加えて、禁錮や罰金などの刑事罰を受ける可能性、懲戒解雇や自発的な退職を余儀なくされる可能性、保育所や幼稚園の運営ができなくなる可能性など、さまざまな結果を招きます。
国も安全対策マニュアルの整備を求めている
このように保育所や幼稚園での不慮の事故は、たとえ保育所や幼稚園に直接の原因がなくても、二次的に甚大な損害を生じさせます。ですから、それに対する予防策や対応マニュアルなどを用意することは、保育所や幼稚園の運営上、優先順位の高い業務になるのです。
こうしたマニュアルは行政からも整備することが求められています。
2015年(平成27年)から「子ども・子育て支援新制度」が始まり、それにともない保育所や幼稚園では入園前に重要事項説明書を提供しなくてはならなくなりました(平成26年内閣府令第39号第五条)。その重要事項説明書に記載が必要な項目には以下の規定(マニュアル)が含まれています(同内閣府令第二十条)。
- 緊急事等における対応方法
- 非常災害対策
- 虐待の防止のための措置に関する事項
また、同じ内閣府令の中で、「事故が発生した場合の対応」の指針と、「事故発生の防止のための指針」の整備も求められています(同内閣府令第三十二条)。
このように保育所や幼稚園は「事故発生時の対応マニュアル」と「事故防止マニュアル」をあらかじめ作成することが、国の指針として求められているのです。
参考に平成26年内閣府令第39号の該当箇所を引用しておきます。
平成26年内閣府令第39号
第五条
特定教育・保育施設は、特定教育・保育の提供の開始に際しては、あらかじめ、利用の申込みを行った支給認定保護者(以下「利用申込者」という。)に対し、第二十条に規定する運営規程の概要、職員の勤務体制、利用者負担その他の利用申込者の教育・保育の選択に資すると認められる重要事項を記した文書を交付して説明を行い、当該提供の開始について利用申込者の同意を得なければならない。第十八条
特定教育・保育施設の職員は、現に特定教育・保育の提供を行っているときに支給認定子どもに体調の急変が生じた場合その他必要な場合は、速やかに当該支給認定子どもの保護者又は医療機関への連絡を行う等の必要な措置を講じなければならない。第二十条
特定教育・保育施設は、次の各号に掲げる施設の運営についての重要事項に関する規程(第二十三条において「運営規程」という。)を定めておかなければならない。
(中略)
八 緊急時等における対応方法
九 非常災害対策
十 虐待の防止のための措置に関する事項
(後略)第三十二条
特定教育・保育施設は、事故の発生又はその再発を防止するため、次の各号に定める措置を講じなければならない。
一 、事故が発生した場合の対応、次号に規定する報告の方法等が記載された事故発生の防止のための指針を整備すること。
(後略)
想定すべき緊急事態とは?
保育所や幼稚園で緊急事態を防止するマニュアル、そして緊急事態に対応するマニュアルが必要なことはわかっていただけたと思います。
マニュアル作成といっても難しいことはありません。起こりうる事態を想定して、それを防ぐためには普段から何に注意すればいいのか、実際に起こった場合にはどう対処すべきなのかを具体的に考えて、それを誰でも同じように行動できる手順にまとめればいいのです。
そして、ただマニュアルを作成するだけではなく、それがいざという時に実行できるように普段から訓練することが一番大事です。前述の内閣府令でもこの点は言及されています。
平成26年内閣府令第39号
第三十二条
特定教育・保育施設は、事故の発生又はその再発を防止するため、次の各号に定める措置を講じなければならない。
(前略)
二 、事故が発生した場合又はそれに至る危険性がある事態が生じた場合に、当該事実が報告され、その分析を通じた改善策を従業者に周知徹底する体制を整備すること。
三、 事故発生の防止のための委員会及び従業者に対する研修を定期的に行うこと。
(後略)
では、具体的にどのような緊急事態を想定すればいいのでしょうか?
想定すべき緊急事態には大きく分けて、地震や大雨などの災害と、冒頭の統計の対象になるような不慮の事故との2つがあります。このうちの不慮の事故について、内閣府では「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」を作成しています。
教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン(施設・事業者向け)/内閣府
このガイドラインでは、重大事故が発生しやすい場面として以下の5つを挙げています
重大事故が発生しやすい場面
- 睡眠中(窒息、乳幼児突然死症候群)
- プール活動・水遊び(溺死)
- 食事中(誤嚥)
- 玩具・小物等(誤嚥)
- 食物アレルギー
どれも最悪の場合、死亡の危険性がありますが、その場合、窒息が死亡する直接の原因となる点に注意が必要です。
睡眠中には、寝返りでうつぶせになったり、衣服や布団が口や鼻を塞いでしまうことで窒息になる可能性があります。また、乳幼児が睡眠中に原因不明で突然亡くなる乳幼児突然死症候群にも注意が必要です。
プールなどでも一番注意すべきなのは溺れてしまうことですが、これも窒息の一種と言えます。食事や玩具などの誤嚥も最終的には窒息につながります。
食物アレルギーの症状の多くは皮膚に現れますが、呼吸困難やショック状態になる場合も少なくありません。
つまり、保育園や幼稚園で第一に想定すべき不慮の事故は窒息につながるものだということです。
窒息への対応としての一次救命処置
窒息につながる事故を防止するマニュアル作成には前述の「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」が参考になります。
一方で実際に窒息が起こった時の対応マニュアルは、一般的な心肺蘇生法、つまり「JRC蘇生ガイドライン2015」に基づいた一次救命処置(BLS)がそのまま使用できます。
通常の一次救命処置と異なるのは、気道異物の除去と人工呼吸が加わる点ですが、これらは心配蘇生法のバリエーションの一つとして「JRC蘇生ガイドライン2015」では扱われています。
気道異物に対しては背部叩打法などによる除去が指導されていますが、異物除去よりも心配蘇生のほうが優先されます。異物が除去できなくても意識がなくなったり、呼吸が停止すれば、心配蘇生の手順を開始します。
現在の「JRC蘇生ガイドライン2015」では、人工呼吸は省略可能とされていますが、窒息による心肺停止の場合には人工呼吸を組み合わせることが望ましいとされています。特に乳幼児は窒息によって心肺停止になることが多いので、乳幼児に対してはできるかぎり人工呼吸を合わせた心配蘇生が望ましいと「JRC蘇生ガイドライン2015」でも明記されています。
一次救命処置の手順については下記の記事を参考にしてください。
-
AEDの機能とは?心肺蘇生法(一次救命処置:BLS)の手順も紹介
「AEDの操作方法」と聞くと難しそうなイメージを持ってしまいますよね。しかし、操作方法を知らない一般市民でも使えるように、AEDの操作方法は至ってシンプルになっています。 以下ではAEDの使用方法も含 ...
上記の記事でも紹介していますが、一次救命処置のマニュアルとしては専門家向けの「JRC蘇生ガイドライン2015」よりも、厚生労働省が一般向けに作成した「救急蘇生法の指針2015(市民用)」がわかりやすいです。マニュアルとして手元に一冊置いておくことをおすすめします。
また、自然災害への対応を含めたマニュアル作成全般については下記の書籍が参考になります。
窒息への対応にはAEDも必要
窒息に対する一次救命処置のおおまかな手順は以下のようになります。
窒息に対する一次救命処置
- 119番通報
- 気道異物の除去
- 人工呼吸・胸骨圧迫
- 除細動(AEDの使用)
重要なことはこれらの手順をマニュアルとしてまとめるだけではなく、実際にマニュアルに沿った対応ができるように定期的に訓練を実施することです。
また、一次救命処置にはAEDを用いた除細動が組み込まれています。当然のことですが、AEDが設置されていなければ、いざという時に除細動を行うことはできません。
いくら、人工呼吸や胸骨圧迫が上手くいっても、一度心停止してしてまえば、AEDによる除細動以外には蘇生の可能性はほとんどありません。
窒息に対して万全に備えるには、マニュアルの作成、定期的な訓練に加えて、AEDの設置も必要なのです。
まとめ
以上みてきたように、乳幼児の心停止の発生頻度は確かに低いですが、保育所・幼稚園の保護責任や訴訟のリスクを考えると、AEDの設置を含めた不慮の事故の対策は必要です。
乳幼児の心停止の発生頻度が低いのであれば、AEDを設置しても実際に使用することはない可能性もあります。AEDは高価ですので、使用する可能性が低い設備に費用をかけるのは通常であれば避けたいところです。
しかし、万が一不慮の事故が起こった時に、AEDが設置されていなかったために園児が死亡するようなことになれば、「危機管理を怠った」と責任を追及されかねません。訴訟などでは賠償を含めて時には数千万円の費用が必要になります。それと比較すれば、20〜30万円の費用は出し惜しみすべき額とは言い切れません。
もちろん、それでも20〜30万円というAEDの価格は決して安くはありません。AEDの導入には補助金・助成金を積極的に利用すべきです。保育所・幼稚園を対象とした補助金もありますし、防災設備一般を対象とした補助金も利用することができます。
参考記事自治体などのAED補助金・助成金データ【AEDの価格で悩んでいる人向け】
何よりも子供たちが不慮の事故で亡くなることは本当に痛ましいことです。できるだけ多くの保育所・幼稚園にAEDが設置されることが期待されます。