心肺停止の発生場所で最も多いのは実は自宅です。その割合は全体の60%にも達しますが、集客の多い施設や企業に比べると個人でAEDを導入するのはハードルが高いのが実情です。
しかし、マンションや自治会単位での導入となると、個人単位と比較してその有効性や実現可能性は高くなります。
AEDの配置は企業などでは進んでいますが、高齢化や災害対策を考えても、自宅に近い場所に配置していくことは現状の課題であると言えます。
マンションや自治体での導入のポイントを、主にマンションを中心にまとめてみました。
心肺停止の60%は自宅で起こっている
心肺停止の約60%は自宅で起こっていると言われています。
しかし、自宅では目撃者が少ないことから、AED設置のガイドラインの1つである「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」ではAEDの自宅への設置は推奨されていません。
自宅での心停止は、同居者が不在か、いても睡眠中や入浴中などでは目撃されないことが多く、また、その同居者がしばしば高齢で、迅速適切な処置を取れないなど救助を得られにくいこと、などが、AEDが有効に機能しにくい原因と考えられる。
AEDの具体的設置・配置基準に関する提言/日本心臓財団
心配蘇生はバイスタンダーと呼ばれる目撃者がいることが前提条件になります。ですから、いくら発生件数が多くても目撃者が少ない自宅では、AEDの設置を進めても、効果は得られにくいということです。
その一方で「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」では、人口密度の高い集合住宅ではAEDの設置は有効という研究があるので、「大規模なアパートやマンションなどでAEDの設置が有効な可能性がある」と述べられています。個人単位ので自宅へのAED設置では効果が薄いが、集合住宅単位では効果を期待できるということです。
また、都市部では住宅以外の近隣施設にAEDが設置されていることが多いですが、人口が少ない遠隔地や離島では、そのような施設は少ないので、医療的なインフラの格差が生じていることになります。「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」では、そのような場所へAEDを設置することも配慮すべきだと述べられています。遠隔地や離島へのAED導入の主体は、行政を除けば自治会になるというのが多いでしょう。
このように効果の薄い個人単位でのAED導入の代わりに、マンションなどの集合住宅や、自治会などの地域のコミュニティでのAED導入が進めば、心肺停止の発生場所の60%を占める自宅での救命率が向上し、結果として国全体での救命率の向上につながることが期待できるのです。
高齢化社会での心臓突然死のケア
上記のように自宅は心肺停止の発生が最も多い場所になりますが、高齢化が進むにつれて、その傾向も増大することが予想されます。
心肺停止も他の病気と同じように年齢が高くなるにつれて、発生頻度が大きくなります。
高齢化はマンション単位や地域社会の単位でも大きな問題になります。今後、住民の平均年齢が上がるにつれて、マンションや地域で心肺停止が発生する可能性が高くなっていくのです。
心臓突然死に対する対策は、日本では民間主導で進んできた経緯があり、現状でもそれは変わりません。地方自治体などは補助金などで金銭的な支援はしてくれますが、いざという時には住民同士が心配蘇生を行い助け合う体制を自分たちでつくるというのが基本になります。
マンションや地域社会でも同様に、自分たちの心臓突然死のリスクには自分たちで対処することが必要になるのです。
マンションの安全と危機管理
マンションでの心臓突然死を防ぐためには住民が相互に助け合う体制が必要になりますが、これは防災対策の一環でもあります。
東日本大震災では多くのマンションが物的な被害を受けるとともに、その管理組合も危機管理の問題に直面しました。
非常用の備蓄物の使用法や配分方法、避難先の確保や住民の安否確認方法、インフラが止まってしまった時の対処法、情報の入手方法、余震への対処法など、様々な問題が発生したのです。
こうした問題への対処はハード面とソフト面との2つに分けことができます。
ハード面には、非常用の設備や備蓄品を補充することなどが含まれ、ソフト面にはそれら設備の運用体制、連絡網の整備、協力意識の醸成といったものがあります。
心肺停止への対処法も、AEDを設置するというハード面と、心肺蘇生法を行える住民を一人でも増やすというソフト面とに分けて考えることができます。
マンション価値の維持と向上
こうしたマンションの防災対策を実際に運営するのはマンションの理事会になりますが、積極的に行なっている理事会は多くはありません。それはこうした防災対策は理事会本来の仕事ではないという意識があるからです。
しかし、考え方を変えてみると積極的に取り組むことができるはずです。
理事会の役割はマンションの価値を維持、向上させることだと言えます。マンションの価値には、物的な資産としての価値以外にも、快適で安心・安全に生活できる価値も含まれているはずです。
防災対策が整っているマンションは、コミュニティがうまく機能していて、総合的に安心で快適な生活が送れるマンションだということになります。そうしたマンションはたとえ物件としては古くなっても、住民の生活満足度が高く、それが周辺地域で口コミで広がることで、新たな入居者を呼び込むことにもつながります。つまり、住民の満足度が高ければ、マンションとしての物件価値も維持、向上されるのです。
このように、防災対策や心臓突然死の対策をとることは、実際のリスクを軽減するだけではなく、マンションの生活の質を向上させ、物件価値も向上させることにつながるのです。
マンションの理事会でAED導入を通す方法
このようにAEDを導入し、心肺停止に備えることは防災対策の一環であり、これは理事会の趣旨に反することではありません。
マンションの管理規約のベースとされることが多い「標準管理規約(単棟型)」で挙げられている管理組合の業務の中にもそれに該当する項目が見出せます。
(前略)
第2節 管理組合の業務
(業務)
第32条 管理組合は、次の各号に掲げる業務を行う。(中略)
十二 風紀、秩序及び安全の維持に関する業務
十三 防災に関する業務
(中略)
十七 その他組合員の共同の利益を増進し、良好な住環境を確保するために必要な業務
(後略)
しかし、AEDの導入は修繕工事などと比べると優先度の低い業務であるとみなされているのが実情です。そこで、理事会でAED導入を承認してもらう方法について考えてみました。
1. 過去5年で住民が心臓突然死していないか調べる
AEDの導入に積極的になれないのは、導入しない場合のリスクがはっきり把握できてないということが考えられます。そこで過去にマンションの住民で心臓突然死で亡くなった人がいないか調べてみるのも一つの手です。
AEDで救命できたかもしれない事象が実際に起こっているのであれば、AED導入の理解が進むはずです。
「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」では、AEDの設置が勧められる施設の性質として5年に1件心停止が起こっていることを挙げています。
参考記事AEDの効果的な配置とは?AED設置基準ガイドラインを解説
2. 火災と心臓突然死のリスクを比較する
マンションが備えるべき災害には火災がありますが、それと心臓突然死のリスクを比較してみるのも方法です。
消防庁によれば平成29年(2017年)の建物火災による死者は1,137人、負傷者は5,147人でした。一方、心原性(心臓の疾患を原因とする)心臓突然死で亡くなっている人は年間約7万人だと言われています。心肺停止の60%は自宅で起こっているとも言われているので、単純に計算すると約4万2千人の人が自宅で心臓突然死で亡くなっていると推計されます。
火災と心臓突然死を全く同列に比較することはできませんが、死者数で見る限り、火災で死亡するよりも心臓突然死で死亡する確率の方が数十倍高くなるのです。
火災で亡くなる人が年間1千人程度で済んでいるのは、消防法などが整備されて防火対策が普及しているためです。心臓突然死の対処法である心肺蘇生法やAEDが民間に広がったのはこの10年程度のことで、法的な面を含めてまだ未整備な部分があります。だからこそ、積極的な対策が必要になるわけです。
3. まずは救命講習で心肺蘇生法とAEDを認知してもらう
とはいえ、心臓突然死についてあまり知らない人にいきなり理解してもらうのも難しいものです。理事やマンション住民の間での理解がまだ浅い場合は、救命講習などを実施して徐々に理解を深めていってもらうという方法もあります。
たとえば防災訓練の一環として、胸骨圧迫や人工呼吸などの救命講習を開催するのはいきなりAEDを設置するよりもハードルが低いでしょう。
「イザ!カエルキャラバン」のように、子供が楽しみながら防災訓練を体験できるイベントもあります。こうしたイベント性の強い訓練に家族単位で参加してもらえば、マンション全体の防災意識の向上にもつながります。
4. AED導入には補助金を利用する
AED導入のネックになってくるのがコストですが、補助金を利用することで金銭的な負担は軽減されます。マンションへのAED導入は複数の世帯に医療的なインフラを提供するという意味では公的な意味合いが強いものです。積極的に補助金を利用していくようにしましょう。
まずは市区町村に補助金がないか確認してみましょう。AED専用の補助金だけでなく、防災設備への補助金も利用することができます。宝くじを財源とした自治総合センターのコミュニティ助成事業は助成額の規模が大きく、助成対象も幅広いのでオススメです。
参考記事自治体などのAED補助金・助成金データ【AEDの価格で悩んでいる人向け】
5. 自治会と協力する
防災全般について地域の自治会と協力することも重要です。マンション管理組合が自治会も兼ねている場合もありますが、基本的には両者は別々の組織です。
自治会と協力することで、地域での行政のサポートや、他のマンションの情報、防災体制のノウハウなどの有益な情報を提供してもらうことができます。
また、一般的に自治会の方が防災活動が活発で、防災関係の補助金も降りやすくなっています。この点でも参考にできる可能性はあります。
なにより、地震などの大規模な災害時には、マンションのみではなく、周辺地域の防災体制が重要になってきます。普段から連携をとっておくことでいざという時の備えにもなり、またマンションを超えて周辺地域での共同体意識が高まれば、その分、地域の心臓突然死を防ぐ機運の高まりにもつながるはずです。
自治会でのAED導入
自宅での心肺停止をカバーするためには、マンションだけではなく、自治会単位でのAED導入も重要になってきます。
とはいえ、自治会でのAED導入の必要性・有効性はマンションに比べると低くなります。「AEDの具体的設置・配置基準に関する提言」で有効性が指摘されているのはマンションなどの人口密度の高い集合住宅です。それに比べると戸建が中心の自治会での導入は、1台あたりがカバーできる世帯数・人数は限られてきます。
しかし、人が多い=救助されやすいという観点でAEDの配置を進めた結果、都市部と地方ではAEDの設置に関する不公平が出てきているという問題があります。こうした不公平を是正するためにも、地方の自治会を主体としたAEDの導入促進が期待されます。
1. AED導入の必要性を判断する
といっても、人口の少ない地方の自治会は財政的に厳しいのが実情です。周辺にすでにAEDが設置されているのなら、無理にAEDを導入する必要はありません。
日本救急医療財団のマップで近くにAEDが設置されていないか、調べてみましょう。
最寄りの消防署や病院が遠い場合は、近隣で心肺停止が発生しても、救急隊が蘇生可能な時間に到着できる可能性は低くなります。その場合には、積極的にAEDを導入して、救急隊が到着するまで蘇生が続けられる体制を構築できるようにしましょう。
2. 補助金を利用する
AED導入の必要性が認められても、財政的に導入が厳しい場合は、マンションと同様に積極的に補助金を利用しましょう。市区町村が補助金を設けていなくても、自治総合センターのコミュニティ助成事業を利用することができます。この助成金は地方自治体のためのものなので、まさにうってつけです。
マンション・自治会でのAED導入のポイント
マンションや自治会でAEDを導入する場合には、何に注意すればいいのでしょうか?ポイントをまとめてみました。
1. 小児モード
マンションでも自治会でも子供に使用する可能性は大いにあるので、小児モードの機能は必須です。
「パッド交換式」よりも、スイッチで切り替えられて、電極パッドが成人と兼用できる「スイッチ式」のものがおすすめです。
2. マンションでの1階エントランスへの設置はNG
マンションなど、高層階層の施設では安易に1階のエントランス(入り口)にAEDを設置しがちですが、それだと高層階との距離が離れ過ぎてしまいます。
もし1台しか設置できないのであれば、中間の階に設置するのがベストです。もちろん設置場所はエレベーターや階段の近くです。
階数が多くてAED設置階までの移動に数分かかる場合は、可能ならば複数台を分散して設置するようにしましょう。大げさに聞こえるかもしれませんが、実際にハワイのオアフ島では新築施設の各階にAEDを設置することが義務化されています。
3. 補助金の利用・価格を抑える購入方法
前述のようにマンションや自治会では補助金を大いに利用すべきです。
財政的に厳しい場合もそうですが、規模が大きなマンションではそれなりの台数を設置することが望ましいです。補助金を利用する以外にも、AEDの単価を抑えることで、予算内で導入できる台数を増やすこともできます。
参考記事【購入前に要確認】AEDの価格を抑えて購入する方法とは?
4. 管理体制を整える
AEDは設置するだけではなく、いつでも心肺停止に対応できるように、保守管理が必要になってきます。
常駐の係員がいる商業施設などとは違い、マンションや自治会では専任の人がいる場合は多くはありません。AEDの導入とともに「AEDをどう管理していくのか」も工夫する必要があります。
具体的にはマニュアルやチェックリストなどを作成して、誰でも保守管理ができる仕組みを作ることができれば、負担も大きくありません。消耗品の交換時期を販売店が知らせてくれるサービスを利用するのもいいでしょう。
レンタルを利用すれば、保守管理を委託できることが多いのですが、その分費用は割高になりますし、補助金を利用しにくくなります。
参考記事【AED導入】購入とレンタルのメリット・デメリットを比較
また、保守管理を外部に委託してしまうと、AEDに対する意識が薄れて、いざという時に設置場所を思い出せないなどの弊害が出てくる可能性があります。AEDの保守管理は訓練の一部だと考えて、できる限り自分たちで行うことをお勧めします。
まとめ
1台100万円近くした10年前に比べると、AEDの価格も安くなってきました。しかし、まだまだ個人が気軽に購入できる価格ではありません。
また、前述のように心肺停止の半分以上は自宅で起こっていますが、意外と目撃されにくいという問題があります。
こうした自宅での心配停止に対する金銭的な問題や、目撃率の問題を解決する糸口がマンションや自治会単位での導入なのです。
もちろん、マンションや自治会での導入もハードルが高いのが現状です。しかし、ここでのAED導入が進めば、心臓突然死低減への大きな一歩となることは間違いありません。